設置に関する規定が無くなった道路附属物

昭和27年に公布された現行の道路法第2条第2項では、道路附属物と掲げる施設又は工作物を具体的に列挙しています。
その中に「道路元標又は里程標」と記載されています。道路元標、里程標という名前を聞いたことはあっても具体的な内容は知らないという人は少なくありません。
この2つは道路附属物や道路とどのような関係があるのでしょう。

■道路附属物における道路元標、里程標とは
日本には無数の道路が繋がり、利用者の道として活用されています。各道路には「始まりの地点」と「終わりの地点」があり、それぞれの「起点」から「終点」を表示する為、大正9年に設置された標識のことです。また、明治時代に設置された標識を「里程元標」と言うのだそうです。

日本の道路の起点となるのは、東京都中央区日本橋にある日本国道路元標で、国道1号線を含む主要道路の起点になっています。
このことから、目的へ向かうまでの手段は何通りもあるという意味を持つ「すべての道はローマに通ず」という言葉を模して「すべての道は日本橋に通ず」という言葉が生まれたほどなのだそうです。
また、この日本国道路元標は昭和47年に設置され、当時の佐藤栄作内閣総理大臣により記されています。

一方、「元標の広場」の側に里程標も設置されています。里程標とは記された主要都市までの距離を示し、鹿児島市までの距離は「一1,四六九粁」とあります。”粁”とはキロメートルの意味です。

■道路元標が各市町村に設置されたのは大正
道路元標が全国的に設置されるようになったのは旧道路法が公布された大正8年です。同法の関連法令にあたる道路法施行令によって規定され、日本全国の各市町村にある道路の起点、終点となる位置に設置し、市町村を繋ぐ道路の距離を測る際に用いられました。これにより、全国に道路元標が設置されることとなったのだそうです。

その後、現行法である道路法が施行されたことにより、道路元標、里程標は道路附属物として規定されてはいるものの、旧道路法の施行法令の規定は無くなってしまう結果になりました。各市町村にあった道路元標を維持管理する義務も法的に無効となり、言わばモニュメントの様な扱いになっているようです。

■観光名所として
現在の道路元標は観光名所の1つとして注目を集めています。全国各地に設置された為、道路元標をお散歩コースの1つに設定したり、道路元標の周囲にあるお店を紹介したり、道路元標の見所や歴史について紹介するブログの公開など告知を行い、観光客を呼び込む手段の1つとして意外な所で活用されてるのだそうです。

■道路元標を無くさない動き
設置された当時は約12000あったと言われる道路元標ですが、現行の道路法が施行されたことにより、その役割を終えたとも言えます。一方で、都市開発や道路の改築などにより移設、または撤去されるなどで数が減り、現状で正確な数が分かっていないようです。

道路附属物の記念碑ともいえる道路元標を残そうと個人で研究、活動を続ける人もいるほどです。道路元標のあり方について、対応が問われていると言えそうです。